文様(モチーフ)
織物の魅力の一つでもある文様(紋様/モチーフ)。
特に、私自身も大好きなスンバ島の織物においては文様(モチーフ)は大事な要素となり、遠くいにしえから伝わる様々な意味合いが込められております。
こちらのコーナーでは、数多くある文様(モチーフ)の一部ではありますが、その文様の持つ意味合いと、東南アジアで見られる文様の共通性などにスポットを当ててご紹介致します。
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◆ 人物像
アニミズム(原始宗教/精霊崇拝)や祖先崇拝(先祖崇拝/祖霊崇拝)の残る東南アジアの地域では、人物像が織物にあしらわれることが多くあります。
祖先は神と人間の間にあり、子孫の繁栄と無病息災を守護してくれる存在といにしえから考えられてきました。
【インドネシア/スマトラ島霊船布の中の人物像】
インドネシア・スマトラ島クルイ地方周辺で見られる霊船布は、魔除けとしての意味合いを持つ織物です。
この布は、霊船に乗って死者の魂が天上界へ運ばれるという思想によるもので、この船に織り込まれている人物像は祖先を表すと伝えられます。
【ラオスの肩掛け布パービアンに表された人物像】
半身が象、半身が獅子の伝説上の動物シホー。
その背中に乗った形で表されている人物像は、シャーマンや先祖の魂を表していると考えられています。
この様に、織物に織り込まれる人物像には祖先を題材にしたものが多く、ティモール島・スラウェシ島、そしてマラプ信仰(スンバ島独特の伝統宗教で、アニミズムにのっとった祖霊信仰)によるスンバ島の人物像などがあります。
【スンバ島浮織布パヒクンに表された人物像】
中には下の画像のように、赤ん坊を表した織物も見られます。
その他にも、かつてスンバ島の風習であった首狩りの際の戦士を表したもの、騎馬の様子を表したものなど、実に様々な人物像があります。
◆ 吉祥文様
東南アジアの織物に登場する吉祥文様には色々なものが存在します。
日本と共通するものもあれば、中には日本人の私達にとって新鮮な思いを抱くものもあり、実に様々です。
ごく一例ではありますが、象、守宮、蓮華、龍、獅子、孔雀、蛇などが縁起の良い文様として東南アジアの複数エリアの織物の中に登場します。
守宮や蛇などは日本でも縁起の良い物として知られますが、蓮華のように日本では縁起の良し悪しが人によって変わるものもあります。
また、中には東南アジアの一部地域特有の観点による縁起物も見られます。
例えばインドネシアのスンバ島では、海老、蟹、蛸などの脱皮を繰り返し成長を続けたり足が再生する生き物が、不老長寿や命の永遠性を願う文様として織物に登場します。
中でも、特に海老はスンバ島絣布の代表的モチーフとして好まれるものの一つです。
海老は日本でも縁起物としておせち料理などにも登場致しますが、海老のように背中が曲がるまで長生きできますようにとの意味合いなので、東南アジアでの理由とは多少異なります。
日本の場合は脱皮による縁起物としても対象が蛇となりますので、こうした地域性・お国柄の違いもまた興味深いものですね。
※スンバ島のドルメンの上に彫られた海老文
◆ 禁制文様
いにしえの織物の染料における禁制色と同様に、文様(モチーフ)にも禁制文様として王や貴族など限られた人々にのみ使用が許されていたものが存在します。
現代では、こうした禁制の意識も緩くなり広く用いられるようになりましたが、こちらでは本来の意味合いに基づいてご紹介します。
【パトラ(patola)】
パトラとは、インドのグジャラート州パタンにて織られる絹の経緯絣を指します。
パトラは17世紀頃からオランダ東インド会社の輸出品として東南アジアにもたらされ、貴族階級の人々の間でステイタス・シンボルとなりました。
その後、次第にパトラに織り込まれる華麗な花文様が模倣されるようになり、近世のインドネシアの染織のみならず、カンボジアなどの織物にも織り込まれるようになりました。
こうした模倣によるパトラ文様も、古くは王侯貴族にのみ許された禁制文様として、長く身分と権力の象徴と捉えられてきました。
【鰐(わに)】
スンバ島では島で最も恐るべき肉食動物であったことから、王侯貴族などの権力者を象徴するモチーフとされてきました。
また、隣のティモール島においても、蜥蜴・守宮と共に王侯や支配階級の地位を象徴する禁制文様とされてきました。
【馬】
現在では、スンバ島の織物の代表的モチーフとして好まれるものの一つとなった馬ですが、本来は王侯のみに使用が許された禁制文様でした。
スンバ島は馬の名産地として遠くヨーロッパなどへも輸出されており、こうして富を得た人々が出てきたことから馬の文様は富の象徴とされてきました。
◆ 動物文様
東南アジアの織物の中には、上記の鰐や馬の他にも様々な動物が文様として登場します。
鹿、鶏、象、蛇、亀、獅子、孔雀、魚、蝶々、蜘蛛、猿など様々な動物文様が登場し、また、ティモール島の織物の文様の中で好まれる一つに鉤文(kai/kaif)と呼ばれる幾何学文様がありますが、これは水牛の角を表したもの、または鰐・蜥蜴・守宮・蛇などの鱗を表したものと伝えられます。
動物文様はスンバ島絣布に数多く使用されておりますので、こちらの当オンライン・ショップ「PANDAN TREE」内「スンバ島絣布について」コーナーを参照下さい。
また、ユニークなところでは、世界的に有名なトゥガナン村のグリンシンには蠍を織り込んだルーベンという文様があります。
これはトゥガナン村を表す形状を中心に、その四方の門を守る形で蠍の文様があしらわれます。
これまで見た動物文様の中でも印象的だったのが猫をあしらったサブ島の絣布。
東南アジアの織物には上記のように様々な動物が登場しますが、猫を見たのはこれが初めて。
猫の文様の謂れを伺いましたが不明でしたので、身近な動物を織り手さんが独創性で織り込んだのでしょうか。
サブ島絣布には、このように女性らしさを伴った克明な動物柄が登場する事があります。
◆ ドンソン文化
東南アジアの織物の文様において見逃せないのがベトナム〜中国南部で発展したと伝えられる青銅器文化のドンソン文化です。
このドンソン文化は、ベトナム北部の紅河を中心として紀元前4世紀〜1世紀に続いたと言われます。
ドンソン文化においては特徴ある銅鼓が知られており、近隣のインドシナ周辺だけでなく広範囲に伝わりましたが、その東端と言われるのがインドネシアのアロール島。
この島では銅鼓は「モコ」と呼ばれ、今も現役で使用されているそうです。
また、「ペジェンの月」として有名なバリ島のプナタラン・サシ寺院の巨大な銅鼓も、ドンソン文化の遺物と伝えられています。
こうしたドンソン文化による銅鼓には様々な幾何学模様が細かくみっしりと散りばめられており、織物の文様として現在も様々な地域で織り込まれています。
※ラオスで見かけた銅鼓
例えばこちらのラオスの織物。
この中にはドンソン文化に由来を持つと言われる鉤文・鋸歯文・星文がびっしりと織り込まれており、現在も織物の文様としてドンソン文化由来のものがいかに広く使用されているかが窺えるかと思います。
◆ 伝説・空想による文様
実際に存在する動物の他にも、織物には伝説上や空想上の生き物が登場します。
例えば、下の写真のシホーはラオスの織物によく登場する文様ですが、頭が象で体が獅子の神話上の動物。
伝説によると悪魔を退治して王を助けた屈強な男性として語り継がれてきたそうです。
こちらは、ラオスだけでなく周辺国の織物にも登場するナーガ。
人間に変身できる魔法の力を持った蛇(大蛇)と伝えられ、水の神として崇められています。
また、ナーガ同様に水の神として知られる伝説上の生き物の龍が織り込まれた織物は、東南アジアに幅広く見られます。
龍の意味合いとしては水の神としての他にも、魔除けや多産のお守り、中国・インドの影響など地域によって様々です。
他にもインドネシア・スンバ島の織物には、半人半獣や、陸の動物と海の生き物が組み合わせられたものなどがありますが、それらは空想動物アナマハンと総称されているようです。
下は人間と鰐のアナマハン。
◆ 伝統・風習による文様
文様の中には、その土地特有の伝統や風習によるものがあります。
例えばスンバ島で20世紀初頭まで行われていた首狩りは、首架文として絣布の中によく登場します。
戦いでの勝利を祈願するため、または祝うために古くからあった伝統文様の一つで、かつては支配階級の人々の腰巻に織り込まれてきました。
※スンバ島の伝統村にある首架
こちらはスンバ島西部で行われるパソラの様子を織り込んだ絣布。
男性達が様々に飾られた馬に乗って槍を投げあう年に一度の勇壮な騎馬儀式(祭り)です。
槍の刃は、現在では怪我をしないように細工されてはいますが、やはり勝負事ということもあって時おり死傷者が出てしまう事もあるそうです。
尚、パソラで人を殺してしまった場合は合法であり罰せられることはないそうです。
スンバ島周辺で特異な装飾品にはマムリと呼ばれるものがありますが、これは女性の子宮を模っており、女性を表すシンボルでもあります。
このマムリには儀式を経て祖先(マラプ)の魂が宿り、超自然的な力をともなうとも考えられています。
大きさや素材は様々ですが、スンバ島では結婚時に男性から女性へマムリを型取ったペンダントをプレゼントする慣わしがあるそうです。
※スンバ島の伝統伝統装身具マムリ
こちらもマムリと同様の意味合いを持つマランガを織り込んだ絣布です。
※スンバ島の伝統伝統装身具マランガ
◆ 魔除けの文様
文様の中には魔除けを意味するものも登場します。
例えば、こちらの星の周りにあしらわれた何気ないS字状の文様は、実は呪術的な意味を持つ特別な魔除けの文様と考えられています。
こちらのタントラと呼ばれる菱形文様はインドの影響による文様で、邪視を払う魔除けの意味合いを持った第三の眼(目)をあらわしたものと言われています。
また、多産を願う文様ともされます。
上記の他にも、東南アジアで作られる織物の中には数多くの文様(モチーフ)が躍動しています。
こうした文様は母から娘へと代々受け継がれてきたもので、母の織物をつくる姿を小さな頃から傍らで眺めて覚えることによって、脈々と伝えられてきました。
また、こうした伝統的な文様の他にも、織り手のイマジネーション溢れる文様で彩られた織物もあります。
時代の流れと共に、残念ながら失われた文様も多く存在するとのことではありますが、織物に躍動する文様の多くが永く絶えることのないよう願っております。
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