染料

ラオスの染織工房
(ラオスの染織工房)

19世紀末以降に急速に西洋において化学染料(合成染料)が普及した影響で、今日では伝統的な染織風景の残る東南アジアにおいても化学染料を使用した地域が大部分となりました。
しかし、その一方で、いにしえより受け継いだ天然染料による昔ながらの染織文化が色濃く残る地域も存在します。

使用されるものは、植物染料では藍・茜・鬱金(ウコン)・黒檀・さとうきび・タマリンド・マンゴー
マンゴスチン・ビンロウジ・チョウジ...など私達にも馴染みや聞き覚えのある植物の他、彼の地の自然に密着した植物も染料として使用され、織物の宝庫であるインドネシアではその数は数百種類にも上ったとも言われております。
また、動物染料としてはラック(臙脂虫)などがあり、また一部地域では泥染めが行われている所も残っております。

こちらのコーナーでは、そんな数ある染料の中でも当店の主なラインナップであるインドネシアの織物に最もよく使用される藍色、茜色、そして黄色を生み出す染料をメインにご紹介致します。

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◆ 藍(Indigo)

フローレス島の藍とイカット
(フローレス島の藍と絣布)

藍はヌサトゥンガラでは自生の他、織物づくりが盛んな村などでは家や村の片隅でインド藍が栽培されており、約4ヶ月程で育ちます。
大規模な畑で藍を栽培するといった感じではなく、織り人が使う分の藍を自身の家の庭などで育てているといった喉かな風景が多く見られました。
染め場は家の横の小屋であったり、青空の下であったり実に様々。
こちらの村では染め場の中まで入れさせてもらい、間近で作業風景を拝見させて頂きましたが、現在でも村によっては藍の配合はその村の女性の門外不出の秘伝であり、染め場へは観光客や(家族も含めた)男性は、眺めることはできても立ち入り禁止となっている所もあります。
しばらく藍を使用しない場合は、甕に沈殿した泥藍を乾燥させて保存しておきます。

スンバ島藍甕
(スンバ島藍甕)

因みに、スンバ島では青の色は「空」「向上」を意味し、また、藍染めの腰衣(ヒンギーカウル/hinggi kawuru)は平民階級の着衣として日常的に用いられておりました。
藍は青の色を生み出すだけでなく、茜と組み合わせて黒を作り出したり、鬱金と組み合わせて緑を作り出したり・・・と、実に幅広く使用されます。
もちろん日本でも藍は身近な染料で、虫除け、毒蛇除けに効果があるとされ、古くから野良着などの仕事着に使用されてきました。
人類にとって最も身近な天然染料とも言える藍。
清々しさから深みまで様々に演出してくれる藍の魅力は、千変万化な楽しみを私たちに与えてくれます。

スンバ島の藍染めイカット
(スンバ島の藍染め絣布)

◆ 茜(Morinda)

茜染めの材料ヤエヤマアオキ
(ヤエヤマアオキ)

赤を生み出す植物染料としては蘇芳も使用されますが、インドネシアでは主にアカネ科のヤエヤマアオキが使用されます。
インドネシアのモルッカ諸島が原産地であるこのヤエヤマアオキは、近年ではノニ(ハワイ語)として健康ブームによってよく知られるようになりました。

このヤエヤマアオキの樹皮や根を粉末にし、染液を作り始めます。
地域によっては、ヤエヤマアオキに蘇芳やキャンドルナッツの樹皮などを混ぜて赤の染料を鮮やかに作り出す場合もあります。

茜染めの材料ヤエヤマアオキの樹皮
(ヤエヤマアオキの樹皮)

このヤエヤマアオキはインドネシアではムンクドゥ(mengkudu)と呼ばれますが、スンバ島ではコンブ(kombu)、サブ島ではコブ(kobu)、グリンシンで知られるトゥガナン辺りなどではスンティ(sunti)と、場所によって様々な呼び方がされます。
染色は一回だけではなく、気に入った色彩になるまで何度も何度も繰り返し行われます。
それぞれの人のこだわりにより、染め上がるまでの期間には数ヶ月〜数年と個人差があるそうです。

フローレス島の染め風景
(フローレス島の染め風景)

藍によって染められた青の織物が身近な物であったのに対し、茜で染められた赤の織物は、高貴な人々にのみ身に纏うことが許された禁制色として尊ばれた地域も多くあります。
例えば、スンバ島では赤の色は「血」「勇気」を意味し、また、茜染めをメインに使用した腰衣(ヒンギーコンブ/hinggi kombu)は貴族階級にのみ、また茜染めだけの腰衣は祈祷師が纏う特別な織物とされました。
また、バリ島トゥガナン村でつくられるグリンシンには神々が宿っていると信じられ、赤は創造神ブラフマーを表し、トゥガナン村以外のバリの人々は長い間、グリンシンの赤は人間の血で染められたものだと信じてきたそうです。

ティモール島の茜染めイカット
(ティモール島の茜染め絣布)

◆ 鬱金/ウコン(Turmeric)

インドネシアの絞り布
(インドネシアの絞り布/プランギ)

日本に暮らす私達にとっても身近な植物である鬱金(ウコン)。
英語でターメリック、沖縄ではうっちんと呼ばれるショウガ科のこの植物は、カレーの香料や健康食品などとして広く用いられます。
鬱金(ウコン)はインドネシアではクニッ(kunyit)またはクニル(kunir)と呼ばれており、黄色を生み出す身近な染料として使用されます。
因みに、下の画像はラオスの街角で見かけた青空の下の香料&漢方薬屋さん。
様々な香料や漢方薬と共に、鬱金(ウコン)が販売されています(手前の青い袋の物)

ラオスの街角の青空漢方薬屋
(ラオスの街角の青空の下の香料&漢方薬屋)

糸を染めて織り上げられる先染めの他、スンバ島でつくられる浮織り布パヒクンにおいては、織り上げてから染料を直接そのまま文様に擦り込む『摺り込み染め』も行われております。
そのパヒクンの摺り込み染めにおいて大活躍するのが藍や茜と共に鬱金(ウコン)で、塊のままの鬱金をそのまま布面に摺り込む事もあります。
こうした染め方のため、使用していくうちに色褪せを生じ易い面がありますが、その折にはまた上から染料を摺り込んで色を補っていきます。

インドネシア・スンバ島パヒクンの摺り込み染め
(スンバ島パヒクンの摺り込み染め)

◆ キャンドルナッツ(Candlenut)

トゥガナン村のクミリ
(トゥガナン村のクミリ)

食品として使用されるキャンドルナッツですが、東南アジアでは染料の一環としても使用されます。
例えば、バリ島トゥガナン村でつくられるグリンシンは、最初にこのキャンドルナッツを使用して下処理をされた後に糸が括られますが、そのため本来は白色であった糸が黄味を帯びたような色合いになります(黄味の度合いは個体差があります)。
尚、トゥガナン村では、黄色は破壊神シヴァを表すとされます。
因みに、上の画像はトゥガナン村で頂いたキャンドルナッツ。

キャンドルナッツはインドネシア語でクミリ(Kemiri)と呼ばれ、黄色に染める材料の一つとしての他、より鮮やかな茜色に染め上げるための下処理用としても使用されます。
ヌサトゥンガラなどでは、キャンドルナッツの油脂に数日浸してから全体的な染め作業が始まります。
そのため、染織の盛んな村では、下の画像のように数多くのキャンドルナッツを乾かしている風景に出遭います。

スンバ島の染織の村にて
(スンバ島の染織の村にて)

◆ 天然染料の特徴

天然染料と言うと、化学染料の鮮やかさとは一味異なった優しい彩りが思い浮かぶのではないでしょうか。
この穏やかさを感じさせてくれる彩りというものは天然染料の良点であり、また人々を引きつけてきた魅力かと思います。
その他にも、天然染料でつくられた真新しい織物を手に取ると、何とも言えない匂いと言いますか、香りが漂います。
自然をそのまま含んだような懐かしい土の匂い・・・と個人的には思っており、私にとっては元気の出てくる匂いでもあります。
化学染料によるものに比べて摩擦や日光に弱く褪色が進みやすいといった点もありますが、自然を切り取ったような素敵な彩りと匂いは、何ものにも代え難い魅力があります。

◆ 化学染料(合成染料)と天然染料への織り人のそれぞれの思い

最後に、昨今つくられる織物の多くで使用されている化学染料についても触れさせて頂こうと思います。

今日では、様々な彩りで簡単に素早く色鮮やかに染め上げられるなどといった理由もあり、化学染料(合成染料)を使用した染織が世界的にも大部分となりました。
しかし、そうした理由の他にも、日常的に手織りの絣布などをサロンとして着用している地域では、
「様々な色彩で自身の纏う衣服を彩りたい」
「色彩豊かなほうが粋だから」
という織り人の思い(女心)も伺ったことがあります。
東南アジアには鮮やかな彩りを好む女性達が比較的多いのですが、化学染料を使用する理由には上記のような女心が含まれている部分もあり、量産されたマシンメイドの織物のように、化学染料を使用したほうが安価だから・・・という単純な理由だけで化学染料が使用されているとは限らないようです。

また反面、上記のような昔ながらの天然染料だからこそ生み出される織物の味わいと共に、伝統を受け継ぐという心などから、天然染料の使用にこだわりを持った織り人もいらっしゃいます。

様々な島や村を巡って、その土地の自然や生活を見ながら、そして土地の気候の中で空気を吸いながら織りや染めの風景を拝見する度に、その両方の気持ちが深く心に染み渡り、どちらが正しい・・・といった風には簡単には線引き出来ないような気がします。

どうぞ、皆様も様々な用途に応じて、天然染料や化学染料の織物を使い分けて日常の暮らしに取り入れてお楽しみ下さい。

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